冷ややかな瑠駆真の視線を受け、華恩は大袈裟に身を布団に埋める。
「そんなに睨まないで」
「これだけ待たされれば、睨みたくもなる」
廿楽家に車で着いたのは午後四時を少し過ぎた頃。今はもう陽も暮れている。
「体調が優れなくて、お会いできる状態ではありませんでしたのよ」
「だったら日を改めればよかった」
「是非とも今日お会いしたかったのよ」
呼びつけ、さんざん待たせておきながら悪びれもせずにそう口にする。湧き上がる怒りに思わず瞳を閉じ、だがどうにか抑えて瑠駆真は口を開いた。
「用があるなら早くしてくれ」
「まあ、気の短いこと」
「冗談に付き合えるのも限界だ」
怒りを滲ませる瑠駆真の口調に、それでも華恩は優雅に口の端を緩ませる。
「私にそのような態度を見せる権利なんて、あなたにはありませんのよ」
そこで一拍置き、布団の端で口元を隠す。
「あなたは、私を自殺へ追い込んだ張本人なのですからね」
そのまま死ねばよかったのに。
瑠駆真は本気でそう思う。今ここで華恩が再び自殺を試みても、その結果本当に死んでしまっても、瑠駆真には一抹の同情も悲しみも湧かない。
死ねばよかったのに。
死の意味など深く考えもせずにそう口にしたいのをなんとか堪え、こめかみに差すような痛みを感じながら答える。
「でも死ななかった」
「えぇ、ありがたい事ですわ」
しれっと答え、そうしてゆっくりとベッドの上で身を捻る華恩。
「でも、あなたに追い込まれた事には変わりありませんわ」
瑠駆真は、今度は返事もしない。ベッドから少し離れた場所でじっと相手を見下ろしている。
「あなたの犯した罪、おわかり?」
「僕を退学にしたいのならそうすればいい」
まどろっこしい相手の言い回しに痺れを切らし、瑠駆真は少し声音を低くする。
「したいようにすればいいさ」
「まぁ、ずいぶんと強気ね」
「僕が、こんな姑息な手に応じるとでも思っているのか?」
「姑息だなんて」
「じゃあ、小賢しいだ」
華恩の眉が忌々しそうに潜められる。
「どこまでも不敬な人ね」
呟いて、不愉快そうに片足で布団を跳ね上げる。そうしてキッと相手を睨む。
「あなただけではありませんのよ」
廿楽家の二階。南に窓を配した華恩の自室。高校生が一人で使うには広すぎる。だが、十分すぎると思われるスペースは、ところ狭しと物品が並ぶ。
西側一面、華恩の背後に天井まで並べられるのは紅茶。茶葉の収集が趣味というのは本当のようだ。
ベッドの横の丸テーブルからは心地の良い香り。甘く柔らかな香りは、心を落ち着けるハーブ的効果も秘められている。だが今の華恩には、そして瑠駆真にも、そのような儚い香りは何の役にも立っていない。
決して許さないという強い怨念をも込めた声。
「私に恥をかかせておいて、ただで済むとお思いになりまして?」
「だから、好きにすればいいと言っているだろう」
「大迫美鶴の事も?」
今度は瑠駆真の眉が潜められる。
「彼女もただで済むとお思い?」
甘く艶やかな、東洋と西洋を織り交ぜた宝石のような瞳。どれほど怒りと憎しみに胸の内を染めたところで、この双眸を美しいと思ってしまう気持ちには抗えない。
見つめられれば見惚れずにはいられない、そんな瑠駆真の瞳が自分の言葉に大きく揺れたのを見て、華恩は少し優越に浸る。
「お望みなら、彼女も退学にしてさしあげても構いませんのよ。いえ、退学どころではありませんわね。彼女のお母様はずいぶんと乱れた職業に身を貶めていらっしゃるようだけれど、私の両親はそのような世界の方ともお付き合いがありますのよ」
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